選挙管理内閣などと揶揄されてスタートした麻生政権でしたが、世界的な経済金融危機をよくぞ凌いだと言わざるを得ません。
いわば「戦時内閣」であったにも関わらず、メディアは解散に追い込むべく麻生政権の揚げ足取りに終始し、しかも「ねじれ国会」でありながら麻生首相は最後まで責務を果たします。
戦時と政局との二正面作戦を強いられつつ、殿軍の役目を立派に務め討ち死にした、泥酔はこう言う評価を与えたいと思います。
まあ、麻生氏の祖父である吉田茂首相も在任中はメディアから散々叩かれたのに、後世になって名宰相などと賞賛されたのですから、その時の「世論」だなんてのは実にいい加減なものです。
麻生内閣は「小泉改革」を否定した、こう言った議論は間違えだと思います。
いわゆる「小さな政府」を目指すとした「小泉改革」の足らざるを補い、良いところを伸ばそう、自民党のマニフェストでもそれを標榜していました。
事実、小泉政権時代から改革をやって問題があればそこはファイン・チューニングしようと言ってきたわけでして、麻生政権はその延長線上に位置しています。
「新自由主義」あるいは「市場主義」、今では悪い意味で捉えられていますけど、じゃあグローバリズムに抗しきれるだけの理論を鳩山・民主党政権は持ち合わせているのでしょうか。
国の形が見えない、国家ビジョンがない、という鳩山内閣に対する批判の核心は、「政権交代」という手段の目的化だけが肥大した危うさを指摘しているのです。
それにどう応えるつもりなのか、ここが大変興味あるところです。